ブラック企業の定義は明確にすべき

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電通がブラック企業大賞に選ばれたらしい。それについて色々記事がでているけれど

中本副社長は、「電通はブラック企業ではない、と声を大にして言いたい。が、世間にそのように思われている事実は真摯に受け止める」とした。

僕は電通に約15年間在籍し、広告制作の現場で働いた経験を踏まえ、「電通はブラック企業ではない」という見方については首肯する。電通は若い働き手を低賃金で使い捨てにしてきたわけではない。

電通はなくならない。自由がまたひとつ、なくなる

こういう意見が出てくるのはブラック企業の定義が曖昧だからだと思う。

ブラック企業の定義を曖昧のまま放置することは社会にとってよくない。例えば反りの合わない上司がいただけで自分の会社をブラックだと罵る従業員がいたとしたら、それは周囲から見ればただのワガママと受け取られかねないし、ひいてはブラック企業という言葉を使うこと自体が水掛け論みたいな雰囲気になるかもしれない。逆に過労死寸前でこき使われていても、洗脳されている社員ばかりならブラック企業ということにならないのではないか。

ある物事を端的に言い表す言葉の登場は、その物事が社会に認知されるために重要なことだ。「オレオレ詐欺」とか「ニート」のような広く受け入れられる言葉が生まれることでその問題が社会に知られるきっかけになる。ブラック企業も広く受け入れられた言葉と言っていいと思う。それだけに定義はしっかりしておいたほうがいい。

個人的なブラック企業の定義は法律(主に労基法)に違反した会社である。この定義なら個人の好き嫌いとか、ある従業員が満足してるかしてないかのような曖昧な水掛け論に陥ることなくブラック企業を定義できる。引用した記事では、筆者は15年間電通に勤務し、その仕事に誇りを持っていたようにも見える。しかしある一人がその会社を愛していたからと言ってブラックではないと主張するのでは、電通がブラックであったかブラックでなかったかはっきりしない。したがってブラック企業の明確な定義が生まれることを願っている。

この方の定義は若者を低賃金で使い捨てにする会社がブラック企業なのかも知れないが、私はそれはあまりよい定義ではないと思う。もし会社が利益を十分に上げていれば給与水準は高くブラックになりにくいことになるが、さりとてその業務が適正なものであるとは限らない。最近の例で言うとDeNAなどのキュレーションサイトの問題は著作権法や薬機法などの法律に違反するので業務がブラックだったと言っていいと思う。ライターが安く使われたからブラックとすることもできるだろうが、できることならその会社の責任者が遵法精神を欠いていたことをブラック企業の要件となるような定義付けがあると望ましい。