先日『延滞者17万人「奨学金」に追い詰められる若者たち』という記事を読みました。奨学金といいつつ実態は学生ローンであることなど、日本学生支援機構の奨学金には問題はあると思うけど、全体的には追い詰められる側の知恵が足りないなと思います。
お役所仕事
お役所仕事とは柔軟性のない対応のことです。民間企業なら徹底的に注入された社畜精神によって過剰なサービス、配慮がなされる日本ですが、公務員はそうではありません。サービスが悪くても気が利かなくても給料が下がらない親方日の丸の公務員の仕事は往々にしてこのように批判されます。
しかし、お役所仕事にもいいところはあります。きちんと手続きを踏みさえすれば申請が受理されることです。奨学金の事例で言うと、返済猶予手続きを毎年必ず欠かさずに届け出さえすればこの記事のような事態にはならないのです。ただし経済困難の猶予は10年が限度ですので、それまでに何とかする必要があります。記事の最終通知の書類にも「予告所の内容を読んで(赤文字で)一括返済が困難なときは、必ず10月末日までに日本学生支援機構に連絡してください。連絡がないときは、裁判所に支払督促申立を行います」とあります。最終通知にすら困ったら相談してねってあるのに人生終わったとか言っている人だからこうなるわけです。支払踏み倒して黙り決め込んでいたら向こうも強攻策に出ることになります。
ちなみに私も学生ローン奨学金の給付を受けていました。1種と2種の両方に申し込み、1種がだめなら2種にしてください、というつもりだったのですが、何の手違いか1種と2種の両方が支給されてしまい、かなり多額の借金を背負いました。そして卒業後、定職に就くことができず、請負(今風に言うとクラウドソーシング)の仕事で稼ぎながら世界を転々とする生活を始めます。その間、欠かさずに返済猶予手続きを取ってきました。結果、このような通告を受けることもなく、また利子もついていないように見えます。
多額の奨学金を借りて、その大半を銀行に入れたまま手つかずで卒業を迎え、その後も若干の所得と返済猶予で銀行には相当額のお金がありました。いろいろな国を放浪しながら頭を冷やし、結局アメリカに行くのがいいだろうという結論に至ります。アメリカのソフトウェアエンジニアの給料は日本の2〜3倍あり、仕事の内容も楽しいものが多く、会社の雰囲気もよさそうでした。日本でSEやってる友人の話を聞くと信じられないくらい違います。専門職とは言え、さほど飛び抜けて高い技能を要求されるわけではありません。日本でちょっとコンピュータに強い人なら十分だろうと踏んだのです。英語のハンデはあったとしても十分やっていけるだろうと。
しかし現在のアメリカは排他的な国で、ビザの都合で現実的に職を得るにはある程度ちゃんとした学校を卒業してOPTを取る必要がありそうだと知りました。アメリカの生活費は安くありません。そのうえ学費まで払うのでかなりの支出を求められます。ここで私の銀行口座に未返済の奨学金があったため、そこから学費を捻出しつつ、学生支援機構には在学猶予手続きをとりました。学校のアドバイザーに手紙を書いてもらい「なにか疑問があれば気軽にお電話くださいね♪」と書いてもらいました。日本人は英語できない人が多いから、電話で学校の担当者に問い合わせなんかしません。何の滞りもなく在学猶予の手続きは受理され、経済困難10年を消費せずに返済を待ってもらうことに成功しました。
OPTの期間の滞在ステータスはF1(学生ビザ)のままです。ですからOPTの期間も学校のアドバイザーに手紙を認めてもらい、例によって「なにか疑問があれば電話ください」と書いてもらいました。結果、学生支援機構の在学猶予はOPTの間も認められました。お役所仕事は素晴らしいと思います。規定のフォーマットで手続きさえすれば受理されるのですから。
なお、今は返済開始しています。日本学生支援機構の「奨学金」にはいろいろ問題はあると思うけど、結果的に未来を切り開くための資金はここから出たことになります。
国家サービス公衆トイレ論
私は国家サービスは警察であっても裁判所であっても公衆トイレのようなものだと思っています。公衆トイレは往々にして汚く、あまり利用したいものではありません。しかし、緊急事態のときは迷わず駆け込むべきです。トイレを我慢するのはいいけど、我慢しすぎて最悪の事態を迎えるよりは、たとえ気が進まなくても使うべきなのです。
日本の教育には色々欠けているところがあるけど、一つはこの国家のサービスを躊躇なく使うということを教えるべきです。我々はそのために税金を払い公務員を雇用しているのです。日本人にありがちな人に迷惑をかけてはいけないという発想もいいのですが、国のお金で運営されているサービスは上手に使うべきです。仕事に困れば職業訓練や生活保護があります。生保を受けているなんて言うとすごい叩かれる昨今ですが、しょせん公衆トイレです、気にすることありません。必要なときは躊躇なく使えばいいんです。そして学生支援機構も国営みたいなものだし、返済猶予手続きは正当な手続きです。
余談ですが、よく税金払ってから言えみたいなことを言う人がいますが、これはひどい勘違いですね。税金というのは払った額の多寡でサービスが決まるものではないのです。金持ちが「その道路は俺の税金で作られたんだから庶民はそこ歩くんじゃねえ」とか言うのは無知を露呈しています。同じ国家が徴収するお金でも、払った額に応じてサービスが決まるのは年金とか保険と言います。経済学の基礎ですね。だから税金まともに納めていなくても堂々と国家のサービスは使っていいのです。この辺の話に興味がある方は次の本がお勧めです。経済学とは突然天から降ってきたものではなく、人間が問題に直面してどのように解決したかという積み重ねでもありますから、経済学のことをあまり知らないけど、全体を俯瞰したいというときは経済学史をやるといいのです。
奨学金の返済延滞でブラックリスト入りしたりする人はこうした知恵が足りません。一方では社会的な知恵がありすぎて、十分資産があるのに生活保護を不正受給したり、元気なのに障害年金を受給して優雅な生活を送っている人がいます。ここまで変な手練手管を身につけなくてもいいけど、ごく普通に所得が不十分なので返済を猶予してくださいという手続きを毎年する程度の知識は持っておくべきです。
追記:自己破産について
元記事について自己破産すればいいという意見をネットで多く見ました。自己破産するだけの社会的知恵がある人は最初から手続きしている気がしますが、それはおいておいて。
自己破産はほとんどの場合使えないと思います。奨学金は連帯保証人を取り、ほとんどの場合は親が連帯保証人になります。親が肩代わりできる状況であるのなら最初からこんな事態にはならないでしょう。親に黙っていて親も無頓着(団塊世代くらいの親だと意外と人生楽勝という先入観がある人がいて若者の実態を知らない)だとかそういうのもあるだろうけど、多くの場合は親にもそれほど余裕がないと推測します。その場合自己破産をすると子の債務は親にいきますが、親も返済を肩代わりできないとしたら親も自己破産することになります。ここまでやって奨学金の魔の手から逃れることができるわけですが、一家まとめて自己破産というのはさすがにダメージが大きすぎると思います。
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