ブラック企業とは違法なことを平気でやる企業

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ブラック企業とは違法なことを平気でやる企業だと思っている。主に労働法関係だけど、場合によっては業務そのものが違法あるいはグレーゾーンの会社も指す場合もある。もう少し拡大解釈をすると合法だけど道義に悖る会社も入れていいかも知れないけど、そうすると収拾がつかなくなるからここでは外しておこう。嫌いな会社は全部ブラック企業とか言い出すと水掛け論でしかなくなる。ここは罪刑法定主義に則ってブラックを定義したい。

さて『若い世代でネガティブな労働観が増えている!お金儲けは悪だと洗脳され、会社ギライが多い日本人』という記事がある。

僕が言っているのは、一所懸命働くことを是とする会社を、一律に「ブラック企業」とか呼ぶ風潮に対する疑問です。それは、「労働というのは、ストレスと時間とをお金に換えている」というような考え方であって、今、こうした労働に対するすごくネガティブな価値観が急速に広がっている気がするんです。

個人的にメディアでこういう「ブラック企業の定義」を流布されるのは困る。ここでは一律にブラック扱いする風潮に疑問を呈しているのだけど、読者によっては「なに、最近の若者は頑張って働く会社を否定するのか」と受け取りかねないし、おそらく記事のタイトルにネガティブな労働観とか会社ギライとあるから、記事の意図するブラック企業は「一所懸命働くことを是とする会社」なのだろう。もちろん、おいらの言うブラック企業の定義が絶対に正しいわけではないけどね。

なにが困るかというと、このようなブラック企業の定義が主流になると「ブラック企業で働きたくない」という人間として当然の欲求が「甘ったれるなボケ」という批判を受けることになりかねない。「ブラック企業で働きたくない」と言っている側はワークライフバランスのある真っ当な会社で働くことを求めているのに対して「甘ったれるなボケ」と批判する側はぐだぐだ形式的に出社してろくに働かない怠け者がいっちょ前に給与だけ欲しがることを叱責しているわけで両方とも一理ある主張をしているのに何故かかみ合わないことになる。労働者同士で言い争っているのをブラック企業の経営者は高見から眺めてガッツポーズしているわけである。ブラックな待遇に対する批判に対する弁護を頼みもしないのに同じ労働者が引き受けてくれるのだから楽ちんであろう。

同様の問題に社畜の定義がある。最近は働いている人全般を「社畜」と呼ぶ人がいるけど、とんでもないことだと思う。下手をしたら「労働厨」とまで呼ばれて真っ当に働くことが悪いことのようにミスリードする。そうすると社畜という言葉を使う奴は怠け者であるようなイメージになってしまう。

社畜もまた明確な定義のない用語であるが、おいらは家畜に近い存在としての社畜という用語を支持している。豚舎の豚は狭いところに詰め込まれて、とりあえず餌は貰うけれど結局は食料として養われているに過ぎない。企業の社会的責任という言葉がある。企業はあらゆるステークホルダーに対しての責任があるというわけである。ステークホルダーは当然従業員も含み、つまり会社は従業員が真っ当な生活ができるような労働環境を提供すべきである。

ところが一介の労働者でありながら経営者のような口の利き方をする社員がいる。あるブラック企業(残業代を出さないのは労働法違反)の社員で自分も土日返上で働いて毎日終電まで会社にいる会社の犠牲者とも言える社員が「企業は営利団体でボランティアではない。不景気の昨今に残業代を払えと主張するのはわがままだ」のようなことを言う。この社員は友人なので忌憚のない本音だと思うけど、こういうのを聞くと「社畜乙」と言いたくなる。完全に会社側の理屈に飲み込まれている。なお、この会社の財務諸表をざっくり見たらこの会社は黒字であった。ホワイト企業に転換するのは無理にしても、もう少し社員の生活に気づかいを見せてもいいんじゃないの?と思うけど、実際に働いている人が労働は罰ゲームみたいな価値観に染まってしまっている。これが社畜である(おいら定義のね)。

確かに企業は営利団体であるのだけど、企業の社会的責任というのがある以上は儲かれば何をしてもいいというわけじゃない。儲けるだけなら例えばオレオレ詐欺なんてろくに資本も要らなくてよいビジネスだと言えるだろうけど、こういうビジネスはブラック企業どころの騒ぎではない。オレオレ詐欺は極端にしても、企業というのは儲かれば何をしてもいいというわけではなくステークホルダーに対しての責任がある。

社畜とはこのように自分も搾取される側でありながら会社に完全に飼い慣らされていて、搾取する側の詭弁をそのまま口にするような社員を指す言葉だとおいらは思っている。

話が飛んだけど、ブラック企業にせよ社畜にせよ、本来(?)は批判されるべき者に対して使う用語をそうではない者にまで拡大して適用することは利敵行為であると思う。野放図にこれらの言葉を使うことで、真っ当なワークライフバランスを得たいだけの人が社畜になりたくないとか、ブラック企業は嫌だというごく自然な欲求を口に出しただけで怠け者の詭弁のように聞こえてしまう。そうすると真のブラック企業で社畜をコントロールして暴利を貪っている悪徳経営者はほくそ笑むわけだ。

そのようなわけで、ブラック企業とか社畜とかそうしたネガティブな言葉は取扱注意なのである。