コメント:日本統治時代を知る台湾人

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POSTED BY シント ON 2011年6月9日
大日本帝国時代の統治時代の人達が20年でお亡くなりですか・・・寂しいものです。
ネトウヨの独り言でした。

近所の70歳のおじーさんは日本語をほとんど話せません。2011年の70年前というと1941年生まれだからごく小さいうちに日本は敗戦を迎えて撤退しました。彼のお兄さんは日本語が流暢だそうです。

おそらく敗戦時に10歳くらいでないと日本語教育の成果はないでしょうから現在76歳くらいより上の世代でないと日本統治時代の記憶はないでしょう。踏み込んだ話を聞きたい場合はさらに+10歳くらいを期待して86歳です。この年代が元気なうちにあちこち台湾を回って、実のところどうだったのさ?って聞かないといけません。だから、あんまり時間的猶予はないのですね。

ある人が言うには日本の統治は案外まともだったらしいです。その後の国民党の支配の方がよほどひどくて、台湾の文化大革命とも言える2.28事件なんかも起こしています。

台湾と中国は資本主義と共産主義の対立かと思うと実はちょっと違う面もありそう。まず国民性が違います。言語も違うしね(国民党は北京語だけど台湾人は台湾語)。実のところ台湾を統治して日本語教育を押し進めた旧日本政府と、その後に大陸からしゃしゃり出てきて北京語を強要して台湾語教育をやめさせたり、虐殺したり強盗したり強姦したり、戒厳令とか言って40年も独裁政権(蒋介石の息子が世襲)を作って好き放題したりした国民党政府は両方とも台湾からすると外部の奴らが好き放題している構図だったのかも知れません。

南に行くほど気性がマイルドになるみたい。日本も昔は中国の首塚とか真似をしたけど根付かなかった。台湾は日本人よりもっとマイルドだと思います。だから中国人とそりが合わないのもわかる気がします。あちらは「まて、話合おう」とか言って時間稼ぎをしつつ援軍を呼んで援軍が来たら虐殺開始とか平気でするし、文革は共産党が狂っていたというよりは、大陸の人の気性なのかも。

このように台湾では中国から来た人(外省人)に反発がある一方で、現在でも孫文は100元札なのに蒋介石は1,000元札だとか、あちこちに中正記念堂(中正は蒋介石の字)みたいなのがあるとか、街の目抜き通りが中正路だとか、台湾人に蒋介石は愛されているのかも知れません。もし、単なる外部から来た支配者であるのなら、民主化のときにそういうのは取り壊されるなりしているでしょう。レーニンの銅像みたいに。

そこんとこ知りたいところです。台湾とは何なのかって。台湾は中華民国なのか、それとも台湾(李登輝に言わせると中華台北)なのか。中華民国は国民党の政府であって台湾人は快く思っていないのか。日本って台湾でどういう位置づけなの?などなど。

ついでに、いま広東省で起きている暴動と2.28事件はなんとなく似ているなって思います。たぶん気質が南部と北部で違うんでしょうね。一つの中国に拘っているようだけど、言語も国民性も違うのだからそれは無理な相談だと思うけどな。

それに広東語は声調が9つ、場所によっては10あるらしい。北京語は声調はずいぶん退化してしまった。発音は上海語がほぼ古代中国語の要素を受け継いでいるらしい。文化的には広東語とか上海語を破壊しない方がいいのだけど、今ではこれらの言語は「方言」として迫害を受けています。もったいない。

1 個のコメント

  • 台湾といえば多くの義援金をだしてくれたのに
    日本ではそのことがあまり伝えられてない気がします。
    しかも、菅総理は福島に中韓首脳と一緒に野菜をアピールしましたが
    あれは外交的にそこまで意味があったのか疑問です。
    個人的には、台湾にもなんらかのアピールをしたほうがいいと
    思いました。

    もちろん、義援金は額だけではないかもしれませんが
    尖閣諸島の問題にしろ中国が外交が上手なのか
    日本が外交が下手なのか、と思ってしまいます。

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