総長スパム

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まずはコメントから。

POSTED BY RINSAN ON 2010年1月4日
なるほどです。社畜というのはパノプティコンなわけですね。そう言われると普遍的なものなのかもしれません。

不勉強でパノプティコンを知らなかったので調べてみたのですが

  1. 看守から囚人が見える
  2. 囚人から看守は見えない
  3. 囚人同士も見えない

タイプの刑務所であるとのことです。社畜は相互監視なのでちょっと違うかなって思います。誤解ならすみません。例えば結婚して子供が生まれたときに、上司に「妻が出産なので数日休みを下さい」と頼むことを考えます。上司はここでは看守に相当し、自分を含めて社員は囚人にあたります。典型的な社畜システムでは上司が文句を言う以前に周囲が「妻の出産くらい(くらい?)で仕事を休むなんて仕事を舐めている」「そんなのでは社会人として失格」のようなことを言って牽制してきます。これによって上司は休みを認めないで冷血人間と呼ばれることなく、仕事に必要な人員を確保できます。自分自身も社畜思想に染まっている場合は仕事を優先し、妻のために休暇を取る発想を無くしています。

よく誤解されるのだけど、おいら定義の社畜はただの労働者とは違います。就職して「俺も社畜になっちまった」と言う人を見たことがありますが、社畜というのは所属ではなく考え方に起因するものです。先日の挑発のためにコメントを付けに来た人のように、人の足を引っ張ることを喜びとして、結果として会社の支配体制に貢献している末端の社員を指します。上から(看守が)力で押さえつけるのではなく、末端社員(囚人)同士で監視しあうことによって窮屈な社会を形成するものです。

POSTED BY 社会人移行中ニート改めTYN ON 2010年1月4日
トップページのCSSが有効になってないみたいですよ!

POSTED BY クルックル ON 2010年1月4日
あれれ、ブログのコメントとか表示がちょっとおかしいですな。

最初は気づかなかったけど別の環境から見ると確かにCSSがおかしいみたい。原因は高速化のためのキャッシュだったようで、一度クリアしました。またおかしくなるようなら、キャッシュを切ってみます。

POSTED BY 国2の採用漏れ ON 2010年1月4日
以前の記事で国2の年齢制限が27歳までとあったと思いますが、29歳ではないでしょうか?
平成21年度試験の受験資格を見ると、次のようになっています。
▷受 験 資 格◁
1 昭和55年4月2日~昭和63年4月1日生まれの者
2 昭和63年4月2日以降生まれの者で次に掲げるもの
(後略)
http://www.jinji.go.jp/saiyo/shiken02_2.pdf

本当ですね、以前に「国2は27歳まで」って聞いた(ような気がする)のを鵜呑みにしていました。訂正しました、ありがとうございます。29歳なら2種も受けておけばよかった。

就活くたばれデモの広報

1.23就活くたばれデモ@TOKYOの広報で、国立大学協会の会長の東大・濱田総長と「採用選考活動の正常化に向けての要望と宣言」を出した学科・研究科連合の問い合わせ先の先生にメールをしてみました。一部変更してあるけど、概ねこんな感じ。

一筆啓上奉り候

○○と申します。私は参加しませんが、以下のデモについて広報を頼まれましたのでよろしければご一読下さい。

さて、このたび投書箱に投書させていただくのは、以前に国立大学協会は公立大学協会及び日本私立大学団体連合会と共に、日本経済団体連合会に対し、採用選考活動の早期化の是正を強く求めるため、要請書を手交したほか、企業団体等に対しても発出したことを受けてのものです。

http://www.janu.jp/meibo/080709soukikazesei.pdf

国立大学協会の会長は濱田総長であったことからこちらを通じて一筆啓上いたします。

このデモは参加者によって主張したいことは色々あるようで、趣旨の全部はわかりませんが、一部については要請書と重なる点があります。部分的にでも賛同していただける箇所がございましたら、学生側と大学側が足並みを揃えるためにも内容を検討し何らかのアクションを取っていただけると幸いです。

以下は私の見解ですが、2011年卒業向けの就職活動は3年次(修士1年)の10月あたりから既に主戦場となっております。私が以前就職活動をしたころは3年の10月は製薬メーカーや外資系企業などごくわずかの業種が採用しているのみであり、実質的には2〜4月がピークだったと記憶しております。しかしながら、現実には要請書が出された後も就職戦線の過酷度は上がっています。

就職業界というのは学生にとっても大学にとっても強大な相手であり、学生や大学がちょっと何かを言った程度ではどうにかなるものではありません。なぜなら、当事者の学生は好もうと好まざると企業側に従うしかないからです。

大学は就職予備校ではないことは理解しておりますが、現実には学生は卒業後には何かしらの職を得て仕事をしないと生きていくことはできません。日本の場合は新卒時に失敗することは致命的であることは多くの研究によって明らかです。例えばロストジェネレーション世代と呼ばれる人たちは卒業時にちょうど不景気が重なったためにおそらく一生、社会的には報われることはありません。そして、いま第二のロスジェネ世代が生み出されつつあります。

つまり大学側が毅然とした態度で臨む意志があったとしても学生側は一生を人質に取られているわけで、どちらに従うかと言われればどうしても企業側に付くしかありません。

極端な話をすると大学と企業側の対立が深まって採用の見込みが減れば優秀な学生は企業側と対立している大学に進学することをためらいます。言うまでもなく大学の質はそこにいる人材の努力によって維持されています。かつての全国屈指の進学校であった日比谷高校が現在ではただの都立のトップになっているように、学校は入試制度をいじるなどして生徒の質を変えれば簡単に変わります。大学の場合は研究機関という性質があり、教員の先生の研究水準もありますので高校ほど図式は簡単ではありませんが、東京大学をはじめとする名門大学は学生の質によって維持されていると言っても過言ではありません。

大げさに言えば、現在は優れた教育機関である名門大学も企業側との対立を深めれば、就職に有利な他の大学などにその地位を譲るかも知れないほどに企業側というのは強大な相手なのです。

学生と大学側の足並みが揃わない状況では現状の就職事情を変えることはできません。この度のデモの一部にでも賛同していただけるのであれば、意見表明をしていただけるなど、何らかの形でご協力を願えれば幸いです。

よろしくお願いします。
以下、宣言文を添付します。

単に趣旨文を送るだけではなく、おいらの意見も付けてみました。

おそらく大学は企業側と決定的な対立をしないと思います。なぜなら、そのときは大学が負けることになります。どうも最近の雇用では大学できちんと勉強した人を求めている様子はなく、適正な年齢の若者が欲しいだけなので大学が採用活動の邪魔をするなら他の大学から学生を取ればいいのです。その諍いが長く続くと大学進学の段階で最初から博士課程まで進学するつもりの人でもなければ、就職に不利な大学を避けるようになります。ばいおのように就職に有利か不利かで専攻を決めない学生もいるのでいきなり凋落することはないと思うけど、一定数の優秀な学生は他の大学に流れてしまうでしょう。東大だと法学部でも法曹になりたいという人は多いけど、比較的多くの学生は法学部や経済学部を選ぶ学生は専攻に興味があると言うより、文系の中で就職実績のよい学部を選んでいるだけです。

学生側にとっても小規模なデモをしたところでたいした効果があるわけでもなく、むしろ社畜思想に染まった人が足を引っ張りに来るなどして自壊してしまう可能性が高いと思います。わざわざ邪魔をして何の得があるんだろうって思うけどね。これは世界各地で起きているテロなんかにも同じことが言えます。お金とか労力とか命を賭して、他の人が不幸になることを生き甲斐とする人ってどうしても一定数いるみたい。もちろん、テロも本来ならテロル(恐怖)を使って政治的な目的を達しようとすることなのだけど、例えば米兵がチョコレートを子供に配っているところで自爆して、米兵はともかく同胞(しかも子供)まで殺して何がしたいんだろうって末端のテロリストは多いと思います。イデオロギーの対立ならまあ仕方ないかなという気もするけど、この手の雑魚テロリストは人間でありながら人類の敵であるようなそんな感じがします。社畜もそれに近いものがあります。建前は持っているのだけどね、アッラーは偉大だとか、会社が潰れるとか。でも本当にそうなの?

話は飛んだけど、小さい流れだけれど、足並みを揃えることが可能になればいいなあという思いを込めて投書をしてみました。

3 件のコメント

  • ちょっと勘違いしてたかもです。

    教育の方の話で,教師は級長を横で見てるだけ,実際に前に立ってるのは級長,そして教室の各列ごとにその列の長が生徒を管理している絵をどっかで見たことがあって,道徳と規律とかそんな感じのテーマでパノプティコンと同じ文脈にあったもので勘違いしてました。この話は本来は指導される側にあるはずの者が管理側に回されてるって例で多分おっしゃってる「社畜」に近いかもです。管理教育とかの文脈で出てくる話なので同じってわけじゃなさそうですが。。

  • 横からですいませんが、
    確かパノプティコンは、囚人が見えない看守に常に監視されていると感じ怯えることで、結果自らを内的に監視するようになる、というような概念だったと思います。
    だから多分社畜にもパノプティコンという概念は使えるとおもいますよ。
    新社会人(囚人)が会社ないし上司(看守)により社畜という価値観を常に課されることで、その価値観を絶対視し、自らをその尺度により束縛する。ここまでパノプティコンの概念で、それ加えて社畜の場合囚人だった人が看守に変わる。

    社畜の概念が間違ってたらすいません。

  • すいません間違えました。

    パノプティコンは概念じゃなくて、上記の概念を具体化する施設の構想で、パノプティコンの意味する施設はオナニートさんのであってますが、その語を文脈で使用する場合は裏に上の概念を示唆するんだと思います。

    ごちゃごちゃしてすいません。

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