なぜ日本人は英語ができないのか

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このエントリは「クソ労働環境から国民を逃さない仕組み?」へのトラックバックです。

前田君じゃないけど

前田氏は「東大法学部の教授たちは意図的に社会の真実を隠し、授業で学生を欺いた。文科省と大学の人が共謀して子供の無知に乗じ、大人の都合のいいようにコントロールしている」と主張して殺害予告を書き逮捕された。殺害予告はともかく、彼の指摘はある程度は正しいと思う。

例えば小学校の社会科の教科書に職業について書いてあったと記憶しているけど、あの中の職業に投資家はなかったと思う。あったのは、サラリーマンだとか、農家だとか、専門職(医師・弁護士・スポーツ選手など)とか、公務員とか、そういうものばかり。そのせいか、日本人はあまりに経営とか資本主義の仕組みについて知らない人が多い。

このように、学校のカリキュラムが体制側にとって都合がいい人間を育成している例はいくらでもある。では、英語はどうなのか?

英語力と国際性はあんまり関係ない

色々な国を見ていると、一般的に英語はそんなにできない。ヨーロッパ人(イギリス以外)は結構英語できないし、トルコは公立学校では高校まで英語をやらないらしい。私立で英語やるところもあるけど、多くの人は大学に入って英語を初めて習うようだ。それにもかかわらず、教科書が英語で書かれていたりする。先日遊びに行ったトルコ人の友人も、数ヶ月前まで英語を全く知らなかったらしい。英語で会話していたのに、なんてこったい。

日本人が海外に出て行けない理由は英語力の欠如と言われているけど、それは違うのではないかと思う。コミュニケーション能力がある人なら、中学生レベルの英語さえ知っていれば、何とか話はできる。身振り手振りを交えたり、とにかく伝えようという意志があれば何とかなるものだ。そうしているうちに英語は自然と上達する。

なお、ここでいうコミュニケーション能力というのは、日本的な空気を読み、反対意見を言わず裏で根回ししたり、飲み会で騒いだりする就職活動に求められているコムヌケーソン能力ではないですよ、本来の意味のコミュニケーション能力です。ある調査によると、日本人のコミュニケーション能力は131位/133カ国だそうです。

話を戻すけど、日本人が海外に出て行けないのは、精神的な閉鎖性にあると思う。最初から無理と決め込んでいる人が多い。とにかく自信がない。それは何故か?

日本の英語がダメなのは受験主義だから

英語を喋る際に正確な英語である必要はない。そもそも、ネイティブの新聞記者(文章を書くプロ)だって英文法を間違えていることはあるわけで、あまりこだわるのは意味がないと思う。日本語だって「ごはんが食べたい」と言ったら「ごはん『を』食べたい」と訂正されたらどうだろう?

シングリッシュというのがあるらしい。シングリッシュはシンガポールで使われている英語で、英語っぽいんだけど、文法が壊れていると聞く。語順がメチャクチャだとか、時制の一致がないとか、まあ色々な点で英語と異なるが、英語話者として通用する。

それに比べたら日本人の英語力はかなり高い水準にあると思う。にも関わらず、日本人は英語を苦手とする人が多い。これにはいくつも原因があると思うけど、一つスポットライトを当てるとしたら、英語が受験科目になっているのがよくないと思う。

例えば

I know that she is a college student who has been studying the subject for three years.

という英語があり、これをI knewに直すと

I knew that she was a college student who had been studying the subject for three years.

となる。これを時制の一致と言う。

日本人同士で英語を喋るときに、時制の一致を間違えたとしよう。すると、大抵の場合は誰かが英語の間違いを指摘する。間違っていると受験では減点されて、それが原因で不合格になることもあるから必死だ。でも、日本以外で英語を喋るときに「あ、間違えた」と思っても誰もけちを付けてくることはなかった。アメリカで、ネイティブ相手に喋っていてもそうだ。当然、ネイティブは英語の間違いに気づくだろう。英作文の添削すると、ほんと、よく気づくよなってほど細かいところにチェック入れてくるし、ネイティブからすると多分気持ち悪い英語ではあるんだろうけど、文句は言わない。

このように、日本人同士で英語を練習しようと思っても、そのグループ内で圧倒的に英語力がある場合でないと、大抵は誰かが細かくケチをつけてきて、そのうち喋ることが怖くなる。結果的に学校での英語教育は失敗する。

世界を放浪すれば、呆れるほど英語力がない人が、堂々と英語で喋っているのをよく見るが、日本人は英語力に比して、英語を喋った経験が少なすぎる。喋ったことがなければ喋れるはずがない。なぜ喋らないかといえば、すぐに誰かが邪魔をするからだ。

だから、小学校から英語のカリキュラムを入れたら喋れるようになるよという意見には反対で、まず英語に細かくチェック入れるアホを何とかすることが先だと思う。そうしないかぎり、たとえ幼稚園から導入したとしても、できる限り揚げ足を取られないように英語で喋らないようにしようと考えるだろう。日本人は特に目立つのが嫌いだから、みんなの前で不完全な英語で堂々と喋れる人は少ないし、いたとしてもすぐにいじめられてしまう。

余談:愛国心と国際性

精神的な閉鎖性の理由として、英語に誘導したけど、これはミスリードかも知れない。英語の話をしたかったから、かなり強引にリードした。精神的な閉鎖性はおそらく島国根性ではないかと思う。他人が自分と違うと言っても、しょせんは日本人同士なので、びっくりするほど異質なものを感じることは稀だと思う。でも、海外ではそうではない。

さて、欧米人とは文化的な差違か、日本人が友達を作りやすいのはやはりアジア人だと思う。しかし、中国人のうち、経験では半分くらいかな、友達関係を継続したいなら、政治的な話をしてはいけない人がいる。政治と言っても政権批判みたいなストレートなものでなくてもいい。人権についての考え方とか、インターネット規制とか、そういう話題は一部の中国人とはするべきではない。

北京オリンピックの少し前に中国によるチベットの弾圧があった。多くの国では中国を批難したが、そうすると世界各国の都市で中国人が赤い国旗を持って街を練り歩いているシーンがテレビに映った。中国人は愛国心を持つ人が多いのか、かなり世界的に劣勢であっても、長い期間ほかの国に住んでいても、中国に対しての愛国心を見せる。

たぶん、日本人にはそうした感覚はない。日本が何かチョンボをして、結果的に世界から批難されても日の丸を持って抗議したりしないだろう。この辺が中国人と日本人の大きな違いである。

日本人は一般的にナショナリティ(国民性・民族性)が希薄だと思う。これは地理的に閉じた島国にいるならばいいのだけど、海外に出て行こうとしたときは、中国人のように、何かあったらどこからともなく集まって主張をすべきなのかも知れない。日本の中にいる限り、他の人との衝突もたかが知れているけれど、色々な民族が混じる中に飛び込んだら、結構ややこしいことになることもある。そうならないためには、確固たる自我が必要だが、強い自我って難しい。そういうときに、ナショナリティというのは頼りになる。

そんなわけで、日本人が旅行くらいならともかく、例えば海外永住とか海外就職をしようとすると、角がとれた日本人では引っ込み思案になってしまうのも仕方がないかも知れない。特に優しい関係に埋没している人は、海外ではやっていけないと思う。

Job is shitの海外ニート氏が上手くいくのは、日本で優しい関係に埋没せず、日本では浮いていたからかも知れない。

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2 件のコメント

  • そうですね。NHKの「平成若者仕事図鑑」なども、警察官とか旅行代理店(ブラックが多い)とか、無難なところばっかりを押さえていますよね。でも、銀行マンとか外資系の証券マン、国家一種の官僚などについては教えてくれない。
    要するに、あの番組のプロデューサとNHKは、「こんな番組を観ているshit headsはエリート職に就けない」と高をくくっているんです。英語力なんてのも、曖昧なもので例えば福岡大学では私立なのに英文の問題が出ますが、意図や採点基準が明確でない。東大生のブログなのにつまらない話をすれば、日大では法や経済は地方受験ができなくて、商学部や国関などのレベルの低い学部だけが地方でも受験できる。当然、早稲田や慶応でも、その傾向は強いですね。ここに、私は地方の格差を感じてしまいます。

    就業格差と東京一極化がごっちゃになってしまいましたが、私は東京にこそ資本が集中していて、(全国に映る)地上波の放送では、敢えてエリートへの階段を遮断しているような気がします。

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