奥谷禮子

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格差論は甘えですか?

ばいおブログのコメントにも多いのだけど、最近は自己責任論がずいぶんと囂しくなりました。やれワーキングプアになったのはおまえが悪いのような説です。はたしてそうなのでしょうか?

私は現代の格差社会は社会的な詐欺であると考えます。例えば小学校の社会科の教科書でも、職業観が起業家とか投資家というのは触れていません。日本の教育での職業というのは社畜になるものに限定されています。つまり、自らの足で立って歩く能力を阻害する教育がなされています。

もし私たちに瑕疵があるとすれば、そうした社畜教育に疑問を感じないで大人になってしまった点にありますが、それでも「騙された方がバカ」的な考え方は法治国家には合わないと思います。

社会を信じて、それまで期待されていた一定の努力(例えば学校の勉強)をして裏切られるというのは非常に良くないことです。これは、年金の掛け金(期待されていた一定の努力)を払い続けたのに、年金を貰えなくなり、それを自己責任というようなものです。

こうした自己責任論を唱える人は大抵はただのバカです。一度くらい経済学史を学んできてから発言した方がいいですね。ネットの場合はどういうキャリアの人物がそういっているか解らないので、一人の香ばしいおばちゃんを紹介します。

奥谷禮子という人がいます。非常にラディカルかつ無教養ですが、現在奴隷会社の社長をしているそうです。こういう人を社会的娼婦と呼ぶことにします。

社会的娼婦とは

娼婦というのは売春婦のことです。売春とは「女性が金品などの対価を受けて,男性と性交すること」とありますが、ここではもう少し拡大解釈するという意味で娼婦という言葉を用います。売春というと非常に安っぽいけど、高級娼婦はもうちょっとエレガントな人もいたりします。娼婦としてやっていくにはいくつかの条件が必要です。

まず女であること。揚げ足取りをすると、男でもそういう仕事に従事している人がいますが、非常に例外的なものです。次に一定の魅力を持っていること。通常の場合は若くて美しいことです。人によっては教養ある女が好きだとか別の点に魅力を感じる場合もあるでしょう。

女に生まれる、美人に生まれるというのは本人の実績ではありません。美人の場合は美貌を維持する努力や、ファッションセンスやメイク技術など努力がまったく必要ないとも言えないのですが、持って生まれたものが相当大きなウェイトを占めます。

娼婦はそうした偶然得たものを利用して、普通に働くよりはるかにいい稼ぎをします。また、そうしたものを持ちつつ、娼婦として生きない選択をする人も多くいます。そういう点で、女であることを悪用する人を娼婦と呼ぶことにします。

さて、この奥谷禮子は人生においてたいして努力をしてきませんでした。と、断言するのはちょっと横暴な気もしますけど、経歴的に光るものは何一つありません。ただ、生まれた時代が良かった。1955年から1973年までの18年間を高度成長期と呼びますが、社会に出た時代が日本が爛熟期にあったころと重なります。

そして日本航空に潜り込みます。ここで女性であるということが有利に働きます。スチュワーデス(最近ではフライトアテンダントと性別を意識しない言葉を用いますが、ここでは意識してスチュワーデスと呼びます)というのは女性であることを有利に活かせる仕事の筆頭です。どういうわけか、日本はスチュワードをあまり用いないので、女がほぼ独占的に就けて、かつキャリアパスの踏み台には適した仕事です。このときの就職先が女であることを有効に活かせない仕事だったら普通のおばちゃんで終わったことでしょう。

このように、奥谷禮子は大したことない経歴を、女であること、高度成長期の爛熟期に社会に出たことなどを利用して社会から大きなリターンを得ました。前述のスチュワーデスに就職のほか、女性実業家というだけで過大評価されるきらいが日本にはあり、これが人脈形成にかなり寄与しているように見受けられます。これを称して社会的娼婦と呼びます。

コインの裏表

偉人の中には自分の能力だけで人生を切り開いてきた人もいますが、奥谷禮子はそうではありませんでした。この人の成功は「社会」に大きく依存しています。偶然相続した株が、ITブームで急騰して億万長者になったラッキーな人とたいして変わりません。ちょっと奥谷禮子のパラメータが現実のものと違ったら、この人は平凡な人生しかおくれなかったと思います。ちょうどコイン投げがいい方向に倒れて社会から成功が流入した形です。

では、コイン投げが悪い方向に倒れて、社会から成功が流入しない、それどころか本来得べかりしものが搾取される人はどうなのでしょうか。このおばちゃんの説では「格差社会と言いますけれど、格差なんて当然出てきます。仕方がないでしょう、能力には差があるのだから(週刊東洋経済2007年1月13日号)」ということになりますが、偶然富と成功が流れ込んでくる場所に立っていたことが「能力」と言えるのでしょうか。

これらの「ナチズム的」発言は自らの無知さの露呈なのか、単なる自己肯定なのか解りません。もし、奥谷禮子が男で就職氷河期世代に社会に放り出されたらまず間違いなく負け組に属する経歴です。しかし、自分の時宜を得たキャリアを自分の実績だと言い張るには、そうした社会学や経済学を無視した過激発言をするしかなかったのかも知れません。

社会的娼婦のやっつけ方

社会にちやほやされて、社会から富と成功が流れ込んでくる位置に偶然立っているだけの空っぽの人をやっつけるには、社会そのものに利用価値をなくすことが手っ取り早いと思います。

とはいえ、現在の日本の国力は依然として強大であり、このおばちゃんが生きている間くらいは不当に成功が流れ込んでくるんじゃないかと思います。

それでも、この手の吸血鬼共を肥え太らせないためには、ワーキングプアに甘んじないことが重要かと思います。仮に時給5,000円(厚生年金、社会保険、その他福利厚生など正社員なら得られる権利を金額換算)で働ける人が時給1,000円しかとらないとしたら、4,000円はどっかの誰かが搾取していることになります。そのどっかの誰かの多くは、現在のワーキングプアを自己責任論に転嫁して、自らの不当な利益を正当化しています。

こいつらの富と成功はこいつらの実力で得たものではありません、あなたのお金です。そのことを誤魔化すためにも、これからもこいつらは電波を振りまいていくに違いありません。

団塊の世代くらいの発想だと、こうしたものには暴力革命で臨むのでしょう。まあ、それもいいかも知れないけど、その成れの果ての人物を知っています。せっかく優秀なのに、学生運動に没頭してエリートコースから外れた人がたくさんいます。こうした貧乏くじをあえて引くこともないかも知れません。でも、年寄りからはノンポリだという誹りを受けますが。

もし、東大卒の半数以上とか、何でもいいけどエリートと客観的に認められる人が国外流出をして、日本国内に富を蓄えないようにしたらどうなるでしょうか。社会問題になるほど、ハイスペックワーキングプア&ニートが国外流出していけば、少しは慌てるかも知れません。しかし、慌てた頃には移転先の国が経済成長を遂げて、日本に戻る必要性がなくなっているかも知れません。