ニートステーション・009

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こちらも批判を恐れずに書いちゃいます。

文系科目と理系科目に分けて考えるのを忘れてましたよ。理系科目に関しては基礎力の定着は20年前くらいまでは日本は世界でも群を抜いていたんじゃないですかね。そこは評価すべきかと。
ですが、批判を恐れずに言うならば、文系科目に関しては、他者の価値観を刷り込まれてるでけって感じでしょうかね。

技術系を育成するという目的では戦後教育は一定の成功を収めています。ただ、現在の社会がリア充至上主義、アンチオナニート社会になっているのは、専門バカを育てすぎたことに起因するのではないかと思ったりもします。なんて言うか「日本をこういう国にしよう」という理想が欠けているんです。アメリカみたいに、あんまり強固に理想を信じると「正義の戦争」なんかやっちゃったりするので、それもまた問題なのですが、日本人のノンポリっぷりも相当深刻ですよ。

で、件のブログの人は法学部ですから文科系の発想をするでしょう。あえて批判を恐れずに書くと、理系のオナニートはまだいいと思うんですよ。技術さえ持っていれば海外で働くことも可能だろうし。まあ、大卒程度の技術なんて大したことがないから、賞味期限が切れる前にどっかで働いて伸ばしていかないと、単なるアホになってしまうのも時間の問題ですが。

法律の場合は深刻で、ある日本の法律という枠組みを出てしまうと役に立たないんですよ。まあ、法学部も政治系とか国際法とかありますけどね。日本の法律を武器にしている人は、法律という土俵で戦うならとても強い。でも土俵を否定すると何も残らない。何も、は言い過ぎかな。彼は土俵を否定していたように思う。

ということは、東大の法学部卒というのは、今までの(おそらく件のブログの主が嫌いなような)社会に組み込まれるならエリートでいられるんだけど、そうでないところに行くと、単なる繰り言を繰り返すだけの訳のわからない人になっちゃうわけですよ。

あのブログについて色々な人が書いているけど「訳がわからない」ということも多く書かれています。彼の言っていることはちょっと難しいからね。日々の生活しか意識しない人には関係ない話かも。実は関係はあるんだけどね。地震が起きたときに津波を恐れて海岸から離れる人、津波にのみ込まれるまで気がつかない人の違いくらいはある。いま起きている金融恐慌みたいに、自分の会社が倒産する、レイオフされるという自分の生活に脅威が及ぶまで無関心の人がいるけど、たぶん文科系の知識って、物事を大局的に見て判断するためにあるんだと思う。

もっと言えば、法学部から法律を取り除くと地頭が残る。たとえ日本の法律が無効になってしまったとしても、その思考訓練は普遍的に役に立つ。彼は「教科書」をキーワードにしていたけど、そういうモノを否定したのなら、地頭で生きていく道を探すべきだった。

でも、彼は自らのよりどころがキング・オブ・オナニートであることに絶望しちゃったっぽい。習ってきたことが全部嘘というのはそういうことだろうと思う。

自分の場合は、世の中嘘だらけってことは意識しているんで、そんなことでは絶望しないけど。